発声法入門3

#はじめに

正しい発声のためには、呼吸法と共鳴が重要であることは発声法入門1,2で述べた。今回は
呼吸法と共鳴に絞って、その意義と練習法を少し具体的に説明する。

#呼吸法の練習

上手な呼吸法とは、1)呼吸によって声帯付近の筋肉に不必要な緊張を与えず、2)息をスム
ーズに長く流し続けられ、3)必要なら吸気を最短時間で済ますことが出来、しかも吸気ノイズ
が聞こえないような呼吸法*である。

上の条件を満たす呼吸法の基本は横隔膜を上下させる呼吸法である(今後これを腹式呼吸と
呼ぶことにする。腹式呼吸といっても胸にも息は入っているから「腹式」というのは必ずしも適
切ではないが・・・)。腹式呼吸では呼吸は斜腹筋(恥骨から横腹をとおり背中につながる)で制
御される。斜腹筋は喉から遠く離れているので、声帯筋とほとんど無関係に動かすことが出来
るし、呼気を安定に維持することが出来る(息の支えということがある。息の支えのために腹筋
の鍛錬も必要である)。また横隔膜を下げて行う吸気はノイズが聞こえないというメリットがあ
る。次にその練習法を述べよう。

 *腹式呼吸のメリット1:胸式呼吸の歌手は吸気ノイズが聞こえて、演奏効果を妨げる。クラシックの歌手には少
ないが、ポピュラーの歌手ではそんな人がよくいる。かわいらしい印象を与えることもあるが普通は聞き苦しい。 
  NHKのアナウンサーでもニュースを読んでいるとき吸気ノイズが聞こえる人がかなりいる。
  腹式呼吸のメリット2:腹式呼吸の吸気はお腹を戻す(膨らませる)だけで完了するから、急ぐときにはすばやくお
腹を戻せばよく、短時間で出来る。そのとき息を吸ったような気がしないが、息はちゃんと入っている。だから
  この呼吸法は、休止符のない息継ぎのときの瞬間ブレスに使うとメリットが大きい(カンニングブレスでも!)。

息は吐き方よりも吸い方のほうが難しい。だから練習は息を吐くことから始めるのがよい。
初心者はたいていの場合、息を吸いすぎている(鼻から吸えば吸い過ぎないし、ノイズも生じな
い。一般的には鼻から吸ったほうがいいが、鼻から吸うのでは間に合わない場合もある)。

まず歯を閉めて、唇だけ開いて「スー」と摩擦音を立てて息を吐いてみる。そのときとくに腹式
呼吸を練習したことがない人でも自然にお腹が凹んでくる(なるべく凹まさない方がよいらしい
が)。このとき、自然にお腹を絞って息を送り出しているので、息を吸うときはへこんだお腹を
元に戻すだけでよい。これが声楽における腹式呼吸の基本である。目標は、いつもこの呼吸
法で歌えるようになることである。呼気とともにお腹がへこむのは横隔膜が上がるので下腹部
の内臓が上方に移動するためである:ウエトも絞られている。逆に、吸気でお腹が膨らむの
は、横隔膜が押し下げられて、内臓が前・横に押し出されるためである。この呼吸法で長時間
歌うと背中の肋骨の下側辺り(インプルス)が疲れるが、喉の疲れよりも短時間に回復する。

次に、今度は前の「スー」という無声音を「ズー」という有声音に替えてみる。「スー」と「ズー」の
違いは、「スー」では声帯が開いて息がただ流れていただけなのに対し、「ズー」では声帯がじ
て声になっていることである。このとき声帯付近にはなんにも力が入っていないことに注意して
欲しい。声帯を閉じておいて、そこに下方から呼気を流しているだけである。正しい発声法の
歌唱中には、声帯と息との関係はいつもこのようでなければならない(つまり声帯のベローズ
に下方のふいごから風を送っている感じ)。

次に、「ズー」を「ザー」に替える。そのときも声帯と息との関係は「ズー」のときと同じにする。こ
こまで来ると、以後はどのような子音・母音で歌うときでも、まったく同様にする。歌うときの呼
吸法はいつも無意識にこうなるように、身体が覚えこむまで練習を繰り返す必要がある。これ
が深い呼吸での歌い方である。息がたっぷり送られているのが特徴である。これが身につけ
]歌の訴える力も自然に増しているだろう。**

 **呼吸法については、川村英司のホームページのエッセイに懇切な解説がある。
   http://www.ne.jp/asahi/bariton/eishi-kawamura/essai.html
 
#共鳴の練習

よい声とはよく響いている声のことである。専門の歌手と素人の最大の違いは共鳴の良し悪
しだといえるだろう。共鳴の少ない声は聴衆に聴こえにくく、聴こえても貧弱で訴える力が弱
い。共鳴の良し悪しとは、単に音量の大小を言うのではなく、声の質の問題である。pp の箇所
であっても共鳴は必要である。共鳴のない pp は訴える力がない。

  *アンジェラ・ゲオルギウの「ある晴れた日」。全音域にわたってどの音も全部ちゃんと
   共鳴させている
http://jp.youtube.com/watch?v=Uut6X4E-Kgk
    
共鳴の焦点がいくつもあることは発声法入門1,2で述べたが、初心者はそのうちわかりやす
い焦点の共鳴から練習するのがよい。普通は軟口蓋の共鳴が一番わかりやすく、実用性もあ
るだろう(フースラーの焦点4)。ここは頭声の焦点である(頭声発声は高音歌手には必須だ
が、低音歌手にとっても大切な発声法である)。この焦点の共鳴は、かなり広範囲の音域で使
うことが出来る。敢えて言えば、超高音、超低音を除くほとんどの音はこの焦点に共鳴させれ
ばよい:ミックス・ヴォイス;低音歌手の覆いをかけた発声*。

 *セスト・ブルスカンティーニの声はミックス・ヴォイスの例としてよいかもしれない。とくに高音の出し方に注意!曲
は椿姫の「プロヴェンツァの海と土地」
http://www.youtube.com/watch?v=br2k7mTY5ek

さて、この共鳴の練習法としては、口を中開きにして、1点FからAぐらいの高さの音でアー(ア
ーとオーとの中間ぐらい)と歌ってみる。息を軟口蓋から懸揚垂あたりに当てるようにいろいろ
試みる。大きな声を出す必要はない。すると、声が口腔から鼻にかけて響いている*のが感じ
られる。このとき軟口蓋から懸揚垂あたりに振動が感じられる。喉周辺の力が抜けている方が
共鳴しやすい(眉を上げてみたり、小鼻を広げてみたりするとわかるかもしれない。イメージと
しては、演奏会場の2階席あたりに向かって歌う感じがよい)。

共鳴(余韻)が感じられたら、いつもこの共鳴をはずさないように注意深くすることが必要であ
る。どのような母音のときでも、ff であれ pp であれ、共鳴は決してはずしてはならない。共鳴
をはずした発声は喉を痛めるし、歌に訴える力がない。注意深くさえあれば、共鳴が外れたと
きは本人にはっきりとわかるものである。

こうして共鳴している感覚がわかったら、母音をいろいろに変えてみながら、同じように響いて
いることを確認する(たとえば「オーアー」とか「オーアーエー」とか、響きを失わないように注意
しながら母音を変えてみる)。

母音「イー」と「ウー」はとくに注意を要する。日本語の「イ」「ウ」は喉頭が非常に狭い発音であ
るため、響く発声には適さない(マイクを通じての歌なら狭い喉頭でも差し支えないが・・・)。強
く歌おうとすると喉が詰まったり、鋭い響きになりやすい。

声楽における「イ」「ウ」の練習は、喉の力を抜き、横隔膜から息を送る感じで、ソフトに発声す
る。鋭い音になってはいけない。やわらかい響きを目指す。はじめはあまり音量を出そうとしな
いほうがよい。頼りなく感じられるが、やわらかく響いているほうが実は聴衆によく聴こえている
のである。やわらかい響きがつかめたら、喉に力が入らないように注意しながら息だけ次第に
強めれば音量を増やすことが出来る。発声法入門1で述べたことだが「ウやイが眉間あたりに
まろやかに響くようになれば完成に近い。」

低音の焦点は喉仏の下の窪み辺り;鎖骨の中心あたりにある(フースラーの焦点2)。ここは胸
声の焦点である。音程が下がるにつれて、上に述べた軟口蓋の焦点から喉仏の下の焦点に
響きの重点を次第に移動させる。低音歌手にとって大切な共鳴である(高音歌手も低音を歌う
ときには必要だが・・・)。

 マッティ・サルミネン(バス)も!
http://www.youtube.com/watch?v=SaHsXPVnqJY&playnext=1&list=PL6A891CD2816C9FE0

 #呼吸法と共鳴の実践的調和

あるフレーズの終わりまでよく響いていても、息継ぎをして次のフレーズに移るときに共鳴が失
われやすい。その原因は、呼吸法が悪いためで、息継ぎのときにせっかく響いていた喉頭と共
鳴腔の形を変化させてしまうからである。これを防ぐには、前のフレーズの終わった後の吸気
を前に述べた腹式呼吸で行うとよい。つまり喉に影響の少ない、へこんだお腹を戻す吸気をす
るのである。このとき注意すべき点は、息を吸う間に喉の形を変えないことである。喉に力を入
れるのもいけない。

この呼吸法は、高音での息継ぎでとくに有効である。歌い手の上限に近い高音を歌おうとする
ときは改めて息を吸わないのが一番よい。お腹から声帯に息を送ってやる。このやり方は低
音から高音への跳躍でも使うことが出来る。つまり喉で高音を作るのではなく、息を送って自
然に高音で鳴らすのである。

しかし、高音を歌うには安定した呼気が必要だから、もう息が残り少なくて、安定に息を送る余
裕がないかもしれない。そのような時は息をまったく吸わないわけにはいかない。そんなときこ
そ、へこんでいるお腹を元に戻す(膨らませる)吸気をするのがよい。この吸気では、喉の形が
変わらないので、前の続きで容易に響きのよい高音が歌えるのである。


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